木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るのか―
12月27日 「君の身柄は私が預かる」
幸之助とのご縁は、PHP運動でした。
私は当時大学生(21歳)でしたが、中退してこの運動に没頭したいと思い、
熱心に頼み込んだのです。
幸之助が一番苦しい時でしたが、本当の国民精神復興運動であると共感
したからです。
昭和23年の秋のことです。
「君の身柄を私が預かる」と言われました。
幸之助はどんな「縁」でも大切にした人でした。
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『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月26日 「人の話をよく聞け」
幸之助は人の話をじっくり聞く人でした。
「君な、人の話を聞くときは、相手の本当に言いたいことを聞くんやで。
自分の考えを挟んだらあかん。素直に相手の立場になるんや」
幸之助によく言われました。道元禅師は、
「耳で聞くな、目で見るな、体全身で聞き、身と心で見ること」
の大切さを説いています。
幸之助の偉大さを痛感しています。
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月25日 「信用第一」
幸之助が大事にしていたのは信用です。
逆にいいますと、一番恐れていたことは信用を失うことでした。
それだけに社員教育を徹底していました。
一人の社員のちょっとした言動で一瞬にして失うわれるのが信用です。
「木野君な、信用を作り上げることは難しい。
しかし、一度失ったモノは、返ってこないと思って商売せんとな」
今でも耳元でよみがえります。
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月24日 「人間力が大事やで」
人間力とは実践する力、未来を創り出す力だとも言えます。
幸之助は、「その人の考え方と日々の送り方の総和である」
と定義しています。
「木野君な、人間力を磨かんといかんで。それが一生の人間
の仕事や」と、いつも言われていました。
幸之助は評論家ではなく、人間力をもった実践者だったので
す。
理屈ではなく、実行して結果を創る力のある人でした。
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木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月23日 「松下経営哲学を語れ」
私は平成10年に幸之助の夢を見ました。
まだ若いとき、私のことを「熱心な子でしてね」と紹介
してくれたのです。本当に今、思いだしても歓喜に絶
えません。
94歳で亡くなるまでの44年間、振り返ると迷惑ばか
りを掛けていました。
しかし、側にいる機会が多かったせいか、よく叱られ、
そして育てられました。松下経営哲学を語り継ごうと
決意したのは、夢を見た時からです。