『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

3月4日 「君に会社をつぶす権利はない」

君に死ぬ権利はない、
僕には君を生かす権利がある。
君に会社をつぶす権利はない。
僕には、社員を幸せにする義務がある。

事業は、絶対に成功しなければならない。
なぜならば、社会のSOSのシグナルを、解決するために
あるのだから―。

幸之助は、いつもこう自分に言い聞かせていました。

変化を楽しむ心で先を駆け抜けよう

倫理法人会が主催する経営者の学びの会に参加したО氏は、その日、目から鱗が落ちた思いがしました。
 組織をより良く変えていく経営者のタイプとは「三モノ感覚を実践している人である」という、講師の信念に裏打ちされた講演を聴講したのです。何も失うことがない「若者感覚」、組織の常識を疑う「よそ者感覚」、好きなことに没頭できる「ばか者感覚」が、今の時代に最も必要とされているというのです。
 とくに持つべきは「若者感覚」です。若者は経験が浅く、その意味では過去を持っていません。過去を持っているのは年配者です。過去を引きずっていては前に進むことはできません。年齢云々ではなく、過去を引きずっていない姿を見せ、今この時を溌剌とイキイキと進んでいる人が本当の若者なのです。
若いということは、やわらかいという事である、弾力があるということである。年をとるにつれて、だんだんえらそうにしてくる、他人と合わなくなる。平和の先駆けは、青年に限る、青年でなければ出来ぬ。コチコチの頭は問題にならぬ。 
(丸山敏雄著『青春の倫理』「青年よ、足下を掘れ」より)
若者は過去を持たない分、言い訳がありません。言い訳にこだわる人は、同じ過ちを何度も繰り返します。なぜなら自分が本当に悪いと思っていないからです。言い訳とは、自分を飾っている心が強いからこそ出てくるのです。 
 さらに若者はしがらみがありません。ドロドロしたしがらみが内外に溜まってしまうと、変革の号令をかけても皆が下を向いたまま誰も反応を示しません。若者はしがらみのない強さを持っています。「ぜひ私にやらせてください」とチャレンジ精神旺盛なのです。企業が活力を失って業績低迷に陥る原因は、経営者の劣化にあるといわれています。
成功を経験した経営者は、既成路線を変えたがりません。変化・変革を好まなくなってくると、「やったことがありません」「できません」「私には無理です」と逃げの心が先に出て、消極的になってしまいます。環境のあらゆる変化をチャンス到来と受け止め、変革を楽しむくらいの挑戦意欲を持って実践に臨むのです。
 難しいほどやりがいがあります。〈おもしろそうだぞ!〉と挑戦してみるのです。「できるまでやってみよう」との思いで実行すると、そこに新しい体験が生まれ、新しい力が漲ってくるのです。
心配しながら、結果を予想しながら、事に当たるといったようなことである。こんな心持でした事は、必ず結果がよくない。ただ喜んで全力をつくす。その時は予想もせぬよい結果が生れる、幸福になる。
(『万人幸福の栞』「道義と幸福」より)
 社会の役に立とうする「高い志」を持ち、先を駆けゆく精神と若者感覚で目の前の目標必達に前向きに取り組んでいきましょう。自分がチャンスを裏切らない限り、チャンスは己を裏切りません。

本気の普及には必ず何かが起こる

倫理普及による体験は、時に理屈や常識を超えた形で現われる場合があります。そうした体験は揺るぎない信念を築きあげるとともに、経営上のヒントに繋がるともいわれています。
 普及の鬼と周囲から評されている某単会のK会長は、数多くの体験を残し、人生をよい方向へと自ら導いています。したがって自然と普及にも力が入り、特異な体験も生じています。その一つが、普及先で「車が炎上する」という不測の事態が発生したというものです。
K会長は、何度訪れても様々な理由をつけて話をうやむやにする女性社長のところに、今日こそはハッキリとした返事をもらおうと訪問しました。申込書にサインをするか、しないかという話までは進むのですが、例のごとく言い訳が始まるのでした。
「この年齢になって、もう勉強は必要ない」「夫がなかなか許してくれない」「父の具合が悪くて」等々。しばらくして訪れると「父が亡くなったので、落ち着いてからにしてもらえますか」。その通りにすると「初七日があったから四十九日が終ってからでないとねぇ」と話に終わりがありません。
いい加減にしてくれと、K会長はついに堪忍袋の緒が切れました「もう何度もガソリンと時間をかけて来ているのだから、入るか入らんか、今決めてくれ!」と強く迫ったところ、その女性社長が窓越しを眺めながら「Kさん、車が燃えている!」と叫んだのでした。
〈なにを大げさな。話をごまかして〉と腹の中で思ったK会長。振り向きもせず、雨が降って大急ぎで駆けつけたのでボンネットから湯気でも立っているか、タイヤから水が蒸発している程度だと思いました。しかし、女性社長の顔は真剣です。振り返って窓越しの風景を見たとたん、我が目を疑いました。
 ボンネットから確かに火が出ているのです。あわてて消防署に連絡を入れようとしましたが、そこは小学校の通学路であったため、まずは登校する児童の安全を確保しなければと急ぎ誘導しました。その間に女性社長は消火活動に入り、ほどなく鎮火。奇蹟的にも車の損傷は少なく、走行にも問題はなく、事なきを得ました。
ホッと胸をなでおろし車の下を見ると、雑巾のようなものが燃えカスで落ちています。ここに来る前に、ガソリンスタンドでオイル交換をしたのを思い出しました。その時に取り忘れたのであろう雑巾が発火したのでした。
 女性社長は「Kさん、あなたはツイている。もし、ここに寄らず会社に向かっていたら、大変な騒ぎになっていたか、命を失っていたかもしれない」と言います。そうかもしれないと思っていると、更に「よし決めた。ツイているあなたの言うとおりにしましょう」と、あれだけ難儀していた入会に結びついたのです。
 この体験は、普及体験として短絡的に扱うには難しい事例かもしれません。しかしK会長本人は、〈自分はツイている人間かもしれないと実感し、見えない何かに守られていることを改めて感謝することができた〉と強調します。
倫理実践には、理屈なしに本気でやらなければつかめない何かが存在するのです。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

3月3日 「刻々と手を打つ」

幸之助は小さなことまで、やかましく指導していました。
それが、経営の基本だからです。

刻々と手を打つ、刻々と報告を受けて、指示をする。
指示を受けて、手を打って、報告する。
報告を受けて、また指示を出す。

「五つや、六つの手を打ったぐらいで万策尽きたとは言うな。
少々のことで、万策尽きたと思ったらあかん。困っても困ら
ないことや」。
そう言っていました。