経営者の報恩意識が優良企業へと導く

長野県I市で介護用品専門の店舗経営と介護施設の運営サービス事業を十数年前に興した女性社長のK氏は、地域の人々から愛されています。日頃から周囲の人々への奉仕の心を忘れず、地域の人たちに恩返ししたいという思いで働いているからです。
縁あって入社した社員にも「何とかしてあげたい」という思いが自然に湧いてきます。S氏やYさんを採用した時もそうでした。
S氏は十数年前、役員として勤めていた会社が倒産し、職を失いました。結婚して間もない頃に倒産してしまい、その惨事を一身に被ったため大変苦しい状態でした。駄目になりそうなS氏に手を差しのべたのが、K社長だったのです。
S氏は助けてもらった恩に報いるためにガムシャラに働き、また早くにガンで亡くなった両親にもできなかった介護を地域の高齢者に施したいという使命感から、献身的な気持ちで介護事業に取り組みました。
 そんなS氏がずっと気がかりだったのは、倒産した会社に勤めていた時の部下であるYさんの存在でした。素直な人柄のYさんは介護に向いていると思い、「彼を採用してほしい」とK社長に掛け合いました。しかし、まだ軌道に乗っていない事業であり、雇うのは難しいと告げられたのです。それでもS氏は「私の給料を半分にしてでも彼を働かせてください」と懇願しました。その熱意に押され、K社長はYさんを迎え入れたのです。
 K社長は入社間もないS氏やYさんを倫理法人会の後継者セミナーへ送り出すなど、一人前に育てようと尽力しました。
その後、一人前に仕事ができるようになったYさんは、セミナーで学んだ「親とのつながりを強く持つ」を行動で示すことがK社長への恩返しであると捉え、母親を「経営者モーニングセミナー」に誘いました。すると母親は快く参加してくれたのです。
何よりも嬉しかったのは、母親が知り合いの会社の経営者を誘って、二人で楽しそうに参加していた姿だといいます。わがままばかりのYさんしたが、「改めて母親との太い絆を感じている」と振り返ります。このような思いに至ったのも、現在の介護会社に導いてくれたS氏、それを大きな愛情で受け入れてくれたK社長、ここまで導いてくれた周囲の人のおかげであるという恩意識を、Yさんは常に忘れたくないとK社長に告げたのです。
社員の心に『感謝の気持ち』『恩を感じる心』『誰かのお役に立ちたい』との思いが芽生えなければ、真の意味でお客様の心に届く対応ができないのではないでしょうか。
恩意識に芽生えた社員が増えれば、事業は順調に展開していきます。地域や社会が必要とする存在になるからです。社員教育は一朝一夕にはできません。経営者の強い報恩の思いと行動が少しずつ浸透し、それがやがて企業風土として定着します。長い目で見ると、心の教育が会社の芯を強くするのです。

自らの病を通して今の自分を振り返る

倫理法人会で学ぶ「純粋倫理」とは、心の持ち方を重視します。例えば、自分の身体に現われた現象を通して、自身の心の様子を見つめ直しつつ改善していくのです。
A氏は舌や口に炎症ができやすい体質で、毎月のように口内炎ができていました。時には複数の口内炎が同時にできることもあり、食事が困難になることもありました。
ある時、例によって口内炎ができた氏は、倫理研究所の研究員に倫理指導を受けました。口内炎の様子を聞いた研究員は、「Aさん、あなたは感謝の気持ちが足りませんね」と言いました。そして「感謝の気持ちは、心の中で思っているだけでは相手に伝わりませんよ。『ありがとう』と感謝の気持ちを口に出すことが大切です」と付け加えました。
さっそくA氏は、感謝の気持ちを言葉に表わすよう努めました。読んだ本を元に戻す時、「ありがとうございました」と言い、帰宅して靴を脱いだ時、業務が終わってパソコンの電源を落とした時なども「ありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えるようにしたのです。
しかし数日後、思いもよらぬ変化がA氏の体に現われました。口内炎が治るどころか、新たな口内炎ができてしまったのです。
「口内炎を治すために倫理指導を受け、実践しているのに、治るどころか悪くなったのはなぜだろう…」
それまでの自分自身の言動を振り返ったA氏は、重大なことに気づきました。それは感謝の気持ちを表現していたのは「物」ばかりで、「人」に対しては皆無だったということです。特に妻に対して「ありがとうございました」と言えない自分に気づいたのです。
後日、「ありがとうございました」と言葉に出し、日頃の感謝の気持ちを妻へ伝えることができた時、氏の口内炎は快癒しました。
以来、A氏は口内炎ができると、自身の言動を振り返るようになったといいます。「感謝の気持ちを素直に伝えているか」「人を攻めるような言葉遣いをしていないか」など、口内炎を契機として、その時々の自分の姿について確認をするようになったのです。
倫理研究所の創立者・丸山敏雄は、経営者モーニングセミナーの基本テキスト『万人幸福の栞』に次のように記しました。
自然な、純粋な、まざり気のない、明るい、……これが、健康にはなくてはならぬ心持である。不自然な心、これが生活の上にあらわれて、やがて、無理をしたり、反対にズボラをしたり、せかせかしたり、いやいやながらしたり、又ひどい時は感情を高ぶらせて、行きすぎた動作に出たりする。これが皆、健康を害する原因になり、病弱のもととなる。
(『万人幸福の栞』一三六頁)
昔から言い伝えられてきた「病は気から」という言葉が象徴するように、気の持ち方次第で身体は良くもなり悪くもなるのです。
身体に現われた現象を真摯に受け止める心が、万全の健康への第一歩なのです.

MS で得た学びを家庭や職場で活かす

九州在住のM氏が倫理法人会に入会して間もない頃の出来事です。四人の子供のうち、当時中学校三年生の次女が万引きで警察に補導されたのです。
その日、職場から自宅に帰って妻の顔を見た時、その形相にただならぬ事が起こったと直感しました。詳しい事情を妻から聞くうちに、M氏は万引きをした次女に対する怒りが込み上げてきました。
短気で知られたM氏は、子供の躾に関しては厳しく対処してきました。怒り心頭で警察署に向かう道すがら、経営者モーニングセミナーで輪読している『万人幸福の栞』第六条「子女名優」の一節が頭をよぎりました。
「生まれて間もない子供でも、母親が忙しい時には心が落ちつかず、両親に心配事があるとよく眠らぬ。大きくなるにつれて、両親がその年頃にした通りの事を繰り返す。心に思っている事でさえ、そのまま親の身代わりに実演する」
確かに思い当たることがありました。それは、年間を通してこの時期には仕事も暇になり、一日中だらけている自分自身の姿です。徐々に怒りは収まり、自分自身に対する反省へと心の中は変わっていきました。
しかし、万引きをした当の本人には、反省のかけらも見えません。万引き行為は許せるものではなく、何らかの責任を取らせるにはどうしたらよいかを考えたのです。
咄嗟にM氏は芝居を打ちました。「お前の万引きで、お父さんは社会的な責任を取らなければならない。いくら娘の起こした事件とはいえ、会社を辞めなければならない。収入はなくなり、お兄ちゃんの念願だった進学も諦めてもらう。高校生のお姉ちゃんにも迷惑をかけ、小学校四年生の妹も学校で万引き姉ちゃんの妹だといじめられるだろう。それでもお前はいいのか」と伝えたのです。
次女は、うつむいたまま言葉はありませんでした。そして帰宅後、兄弟たち全員に同じ内容を話して聞かせたのです。
高校三年生の長男が真っ先に「俺は進学できなくてもかまわない。学校に行かずに社会に出て働く」と言い、長女は「私も高校に通えなくなってもいい。何とかなるよ」と慰め、妹は「いじめられたら、やり返すから大丈夫!」と言ったのでした。それを聞いていた次女は、突然に泣き崩れました。
M氏夫妻も、この兄弟愛に心打たれました。兄弟姉妹のことを考えられる人間に成長していた子供たちに救われる思いでした。
半年後、無事に中学校を卒業した次女から、卒業式の日に手紙を渡されました。
やっと卒業できました。(中略)ポリスに捕まった時、本当に迷惑をかけました。本当に自分のことしか考えていないと思いました。その後、家に帰った後、普通に接してくれたことが嬉しかった。家庭裁判所も忙しい合間をぬって一緒に行ってくれてありがとう。本当にたくさんのことがあった三年間。たくさん成長できたと思う。これもみんなのお陰です。ありがとう。
倫理の学びを家庭に取り入れたM氏。短気な自分が冷静に対応できたことに驚き、さらに学びを深めていこうと思ったのです。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

4月8日 「君、人好きか」

「君、女の人、好きか」
と、聞かれて、好きですと答えました。
「男の人はどうか」
と、聞かれて、好きですと答えました。
幸之助は、さらに「嫌いな人も好きか」と、聞いたので、
ノ―と答えました。

「君、会社に入ったら男も女も嫌いな人でも、全部好きにならな
アカン。仲間やで。家族と一緒やで。それが出来ないと本当の
経営が出来ない」と、教えてくれたのです。

杉本さん リレーメール含めありがとうございます。
優秀なお子様たちですね、今度教育方法教えて下さい。
では、次の方お願いします。

人生の転換期を見極めて前進せよ

経営状況や環境が変わる今の時代、企業は総じて「変化対応業である」といわれます。私たちも人生のうちに幾度か、人としての変化を求められる出来事に遭遇します。
S氏は父親から自分の本意ではない仕事を勧められ、はじめは抵抗していたものの、A社へと入社することになりました。
 入社七年目に差し掛かった頃、氏が担当する仕事でクレームが相次ぎました。一つひとつ丁寧に処理はしていくものの、クレームが度重なるにつれ、氏の心の中には〈自分が好きで入社した会社ではないからだ〉という気持ちが沸き起こり、いつしか原因を父にあると思い込むようになりました。身の回りに起こる事態の原因を、すべて父に責任転嫁していたのです。
 ある日、氏は自暴自棄になって、持っている荷物の中身を書類、財布、クレジットカード、定期券にいたるまで、すべて橋の上から川へ投げ捨てたのです。
「これで仕事を辞められる」
肩の荷が下りたと思った瞬間、次に襲ってきたのは、その後の将来に対する不安でした。「取引先と我が社との関係はどうなるのか」「上司や同僚に迷惑をかけないか」「家族はどう生きていけばいいのか」。
 精神的に錯乱状態に陥ってしまった氏は、着の身着のままの状態で国道を歩きながら、道路に飛び出して自殺を図りましたが、運よく車が停まってくれて、命を救われました。
 夜を徹して国道を歩いていた明朝、とある寺で出会った住職から「お前の顔には死相が出ている」と突然に言われました。驚いた氏はここに至るまでの事情を住職に話すと、お堂へ入るように促され、仏様の前に着座してから、次のような一言を教えられました。
「手を合わせるということは、二つが一つになるということ。右手は仏様であり両親でありお客様で、左手は自分自身。自分から相手に心を合わせようとしないと、自分の持っている素晴らしい能力は輝かない」
 氏はその話を聞いて、胸が締めつけられるような悔しさと恥ずかしさが込み上げてきました。「仕事のトラブルやクレームは、父親のせいだ」と責任転嫁して父と対立関係にあったことを改めて知ったからです。
住職の一言で深く反省をした氏は、その場ですぐに父に電話をし、事の経緯とこれまでの親不孝を詫びて、心を入れ替えたのです。
 住職との出会いにより、その後の氏の人生は大きく変わりました。父との親子関係が良くなったのみならず、仕事への意欲や使命感に燃えて働く喜びを日々感じられるようになりました。さらに、お客様や取引先とも深い信頼関係の絆を結ぶことができたのです。
 人生には何度か大きな転換期が訪れるものです。そこに背を向けて生きるのか、真正面から受け入れて、自己の成長の糧と捉えて前進するのかで、その後の人生は大きく一変していくのです。一生に一度の人生をよりよく生きていくために、目の前に与えられた環境や状況は自分にとって必要なものと捉えていくところに、新たなる道が切り拓かれると心しましょう。