創業の理念に立ち夢への道を切り拓く

日本は今、岐路に立たされていると言われ
ています。長引くデフレによる景気低迷、震
災の復旧・復興、エネルギー戦略の確立、教
育のあり方、安全保障・社会保障、少子・高
齢化など様々な問題を抱えています。
このような混沌とした社会の中で生き残
っている企業には、どのような戦略・戦術が
あるのでしょうか。
刺繍レースの製造・販売をしているN社は、
最新鋭の機器と独自の技術で斬新なデザイ
ンの刺繍製品を作り出している企業です。織
物業を営む創業者が刺繍レース機と出合い、
「世界初のレースの着物を作りたい」という
夢を、信頼する当時二十三歳の社員であるA
氏に託し、レース部門を立ち上げました。
レース事業を立ち上げた当初は、繊維産業
の構造不況などに直面していた厳しい時代
であり、製造技術やノウハウなどまったくな
い状態でのスタートでした。尊敬・信頼して
いた創業者の夢を何とかして叶えたいと試
行錯誤を繰り返し、また刺繍技術の高いスイ
スに単身で乗り込み、時には社員を送り込ん
で、最先端の技術習得に励みました。
同時に、独自の経営革新計画に沿って、市
場のニーズを先取りして設備投資をタイム
リーに行ない、当時、国内の同業他社に先駆
けて、五億円を投資して最新鋭のレース機を
六台購入し、新しい事業展開を始めました。
しかし、どんなに設備投資をして高品質の
商品を製造しても、取引先に恵まれなければ
意味がありません。氏は大手メーカーや問屋
に認められるだけの技術力の向上に努めつ
つ、血眼になって飛び込みの営業活動を続け
た結果、女性用インナーウェアの国内トップ
メーカーとの取引きが成立したのです。
設備投資の五億円は五年で返済すること
ができ、現在では斬新な発想を持って、希少
価値のある新しい商品開発に努めています。
同社が強く生き残ってきた要因は、「時代
のニーズや変化に即応して設備投資をした」
「技術力の向上に努めた」「大手メーカーと
の取引きに恵まれた」など多々ありますが、
最大の要因は創業より氏が「創業者の夢を実
現したい」という強い信念を持ち続け原点を
見失わなかったことと、社是として掲げてい
る「誠心誠意、正直正路」を一貫して守り続
けてきたからにほかなりません。
現在、県の倫理法人会のリーダーとして活
躍する氏は、倫理法人会で得た学びの成果を
次のように語っています。
「当たり前のことを当たり前にやる。基本的
な所作が身についていなければ、パーフェク
トな仕事はできません。糸クズ一本が気にな
らない人は、きめ細かなレース商品は扱えま
せん。微細なゴミでもゴミとして気になる感
覚は、日々欠かさずに行なう清掃や活力朝礼
を通して身につくのです。これからも世界ト
ップの刺繍レースメーカーを目指し、時代の
変化に即応した経営革新を図りながら輝き
続ける企業でありたいと考えています」
成功者とは「成功するまで諦めない人」で
す。氏の生き方に学び、創業の理念・原点か
らブレない強い信念と、当たり前のことを当
たり前に実行する力を養いたいものです。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
   ―この時代をいかに乗り切るか―
4月1日 「成功は現状を変化させなければ」
「変化は不変の法則だ。
 変化にいかに対応するかで勝負は決まる。
 成功は現状を変化させなければ、本当の成功とは言えない。
 現状をよい状況に変化させるために、経営をするのだ」
 幸之助は、常に「今が出発点だ」と心を尽くして経営をしていました。
 素直な心で初心を貫いた人でした。

社員教育の秘訣は真の愛を注ぐこと

「どうしたらK君は本気になって働くのだ
ろう」「最近、S子さんの様子がおかしい。
仕事に身が入っていないようだ」など、社員
の仕事ぶりに関して悩まない経営者はいな
いでしょう。社員教育や人材育成は、経営者
にとって最大の課題であるといえます。
心から喜んで働く社員が多くなれば、職場
は放っておいても活気づき、そして活力が湧
いてきます。どうすれば社員が自ら進んで働
くようになるのでしょう。
社員を育成する上で大切なのは、「社員を
変えようとしても決して社員を変えること
はできない」という真実を認識することです。
これまでの自分自身を振り返ってみまし
ょう。他人から注意されても、結局のところ
は変わらないものです。他人から指示を受け
ただけでは、その時は変わったように見えて
も、いずれ元の状態に戻ってしまいます。
ただし、社員に対して少なからず影響を与
えられる場合があります。それは「社員は社
長の言うことでは変わらないが、社長の行な
いや心で思っていることの影響は受ける」と
いう現象に目を向けることです。
社員に限らず、人が育つ上で源となるもの
が「愛」です。つまり、社長が真の愛に溢れ、
本物の愛に満ちただけ、社員はその愛を受け
て変化し成長することができます。
N社では、社員が入社して数年が経過し、
一人前になると、やる気のある社員から退職
願いが出て、会社を辞めていくという状況が
続いていました。せっかくここまで時間と経
費をかけて育成し、ようやくこれから本当の
意味で社に貢献してもらおうという矢先の
退職に、N社長はいつも憮然としていました。
そんな折、知人の社長から「社員の退職は
君に愛情が足りないからだ」と指摘されまし
た。「君の愛情を豊かにするために、まずは
最も近い愛情の対象である妻に対して愛情
を高めることが大切だ」と教わったのです。
確かにN社長には思い当たるところがあ
りました。社員が特に思うように働かない時
は、その不満を我が家に持ち帰っては妻に対
して不機嫌な態度を取り、愛情らしい愛情は
ほとんど妻にかけていなかったのです。
それ以降、妻の言うことに耳を傾け、休み
の日には買い物にも一緒に出かけました。N
社長は、これまで一方的に妻に要求をするば
かりで、妻の意見は一切受け入れていなかっ
た自分を改めて省みました。
そして、このことを会社にも当てはめて考
えてみました。専務に対しては妻と同様に要
求ばかりで、まったく専務の意見を聞いてい
なかったのです。専務に対する愛情が欠けて
いたことを反省し、それからはできるかぎり
意見を聞くよう心がけました。
この社長自身の愛情の変化と共に、社員が
明るくなり始め、社内全体の雰囲気が一変し
ました。その後、社員の定着率が上がり、社
員の働きぶりも向上して、会社は活況を呈し
て現在に至っています。
社員の成長を願う時には、「自分がどれだ
け本当の愛に満ちているかどうか」を胸に手
を当てて考えてみましょう。そこにこそ人材
育成・社員教育のポイントがあります。

私心を払い真の社会貢献に徹する

物事はスタートが大切です。例えば、職場
においては朝礼によって、しっかりと働く心
に切り替える企業も多いと思います。倫理法
人会においても、モーニングセミナーの前に、
世話役の方々が役員朝礼を行ない、参加者を
よりよい形でお迎えする意識作りをしたり、
行事を行なう前に、その成功と無事を願って
「始めの式」を執り、準備運営に当たるとこ
ろもあるでしょう。それらの事柄は、目的を
把握し、役割を確認し、情報を共有し、意識
を統一して、各人が存分に持てる力を発揮す
るために行なわれます。人が寄り集まって、
物事を進めていく時、このようにしっかりと
したスタートを切ることが成功につながる
ことは、誰もが経験していることです。
一方で、個人として一日の始まりに取り組
んでいることはあるでしょうか。倫理運動の
創始者・丸山敏雄は、毎朝神前で誓詞を奉唱
して、今日あることへの感謝を捧げました。
一日の仕事に真心を尽くしていくことを誓
い、倫理運動が進展して、世界がよりよくな
っていくことを願っています。倫理法人会の
経営者の中にも、毎朝しかるべき形で誓いを
立てているという方が少なくありません。
経営者の場合、そのような姿勢が企業内に
確実に波及していきます。例えば、どんなに
素晴らしい経営理念を掲げても、経営者自身
がそれとかけ離れた意識で取り組んでいて
は、理念は絵に描いた餅に堕するでしょう。
人世のために貢献するということが、企業理
念の重要な要素の一つです。それを牽引する
経営者が、その生き方に磨きをかけ、いかな
る時にもぶれることのないリーダーとして
の中心軸を確立するために、朝の誓いは有効
なものといえるでしょう。
さて、倫理法人会が主催するモーニングセ
ミナーでは、最後に誓いの言葉を斉唱します。
「今日一日 朗らかに安らかに喜んで
進んで働きます」という誓いを、どのような
思いで斉唱しているでしょうか。純粋倫理の
実践の指針である、明朗・愛和・喜働が、斉
唱しやすいリズムでまとめられています。こ
の平易な言葉を、愚直に心を込めて斉唱すれ
ば、そこに込められた深い意味を噛み締める
ことができるでしょう。
古来、日本人は人が発する言葉の持つ力を
感じ、言霊と表現しました。伝達手段として
の言語には、目に見えない力があると信じて
きました。東日本大震災直後、日本人は海外
から賞賛されるような底力を発揮しました
が、社会不安の増大や国力の低下に歯止めが
かけられずにいます。その根底には、何のた
めに生きるのかという、個々人の生きる指針
の喪失があるでしょう。学校や家庭あるいは
地域社会といった教育の場が、その力を低下
させているといわれる現代において、その最
後の砦は企業にほかなりません。指導者たる
経営者がどのような生き方をしているのか、
ということが日本の未来を左右します。
リーダーの要諦の一つは、私心を捨て去る
ことだといわれます。公器としての企業が社
会に対して本当の貢献をし、繁栄していくた
めに、経営者が毎朝の誓いによって、リーダ
ーとしての器に磨きをかけていきましょう。

苦難を乗り越えた時倫理の醍醐味を知る

企業経営にも、成功への道程があります。
それは純粋倫理で言う〈事業の倫理〉です。
倫理運動の創始者・丸山敏雄は、「人は事業
をするに当って、目的・準備・秩序・方法・
始末と、どれかをふみあやまると、事業の上
に故障が起きる。この時、どこがいけないの
かと突きとめて、はっきりとそれを止め、事
業経営の大道に立ち返って元気よく進むと
き、ただ苦難をのがれるというだけではない、
新しい広々とした幸福の天地が開けてくる」
と述べています。
では、その〈事業の倫理〉を簡単に記して
みましょう。
第一に、「事業経営は何のためにするのか。
誰のためにするのか」という目的を明確にす
ることです。これを文章化したものが、経営
の目的である〈経営理念〉です。
第二に、心の準備として「関係者すべての
心の一致、特にその中心者となる人の夫婦愛
和」が必要です。これが事の成否に関わる根
本事項です。
第三に、「順序は間違わずに進んでいるか」
ということです。〈この事業は人のために行
なう〉という利他の精神が大切です。「出せ
ば入る」のように、人に尽くせば、必ず尽く
されるものです。
第四に、「方法や、やり方に間違いはない
か」です。これは、関係者が喜んで取り組ん
でいるかが大切となります。
最後に、「後始末はよいか」ということで
す。「やれやれ、仕事はすんだぞ」と気を抜
くと、そこから物事は崩れていくものです。
一つひとつの仕事が終わっても、安易に気を
抜かないことが大切です。
このたび倫理経営講演会の関連図書とし
て刊行された『毅然と立つ―体験で綴る経営
者の決断』(倫理研究所編)には、倫理法人会会
員六名の顕著な体験が収められています。
登場する経営者の体験は、すべて〈事業の
倫理〉に則った経営に転換した時、思いもよ
らぬ好結果が生じたという内容です。
「企業経営は金のため。頭の中は金のことば
かりだった」と述懐するО氏や、「不当解雇」
と訴えられて信用が失墜したⅠ氏の体験な
ど、経営上の苦難に出合い、その時どのよう
に対処していったかが詳細に綴られていま
す。先述の〈事業の倫理〉に合致した方向に
転換したことで、その後の企業運営が好転し
ているのが顕著な特徴です。
掲載者の一人は「倫理を学び、実践してい
るからといって、苦労や苦難がなくなるわけ
ではない。一つの苦難を抜けてステップアッ
プしたなら、またそこに苦難が待っている。
苦難と出合うたびに何かを学び、階段を一つ
昇る。それが倫理経営の醍醐味だと思う」と
語っています。