『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

6月10日 「人を育てるということ」

「人を育てるということが、経営者として何よりも大事な
ことである」
松下幸之助は、モノを創る前に、人を創ると人材教育を
大切にしていました。
人材育成で、大事なことは、仏法の「桜梅桃李」の原理
です。桜は桜、梅は梅です。
個性を伸ばしたとき、創造性が生まれるのです。

*「桜梅桃李」(おうばいとうり)
桜は桜の、梅は梅の、桃は桃の李(すもも)は李の独自
の特徴を生かして、独自のきれいな花を咲かせると言
われています。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

6月9日 「協調と対立」

ある時、幸之助に競争という質問を投げかけました。
市場経済の中で、共存共栄は果たして可能なのか、
その確信が無かったからです。

幸之助は「協調も大事だが、対立や競争の中から
新しい知恵や発想が浮かぶ」と考えていたようです。
良い意味の闘争心は、新商品作りのエネルギー
となり、事業発展の基礎となるのです。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

6月8日 「今やるべきことをやる」

幸之助の発想の原点は、宇宙根源の法則です。
太陽は東から昇り西に沈みます。
つまり大自然の運行のように我々の経営にも代えがたい
法則があるのです。

しかし大きな視点だけで経営をしたのではありません。
現実を見据え、今やるべきことは何かを決して忘れない
人でした。
今日一日、この一瞬に、明日を作る力があるのです。
成功は、瞬間決算の積み重ねです。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

6月7日 「善循環の発想を」

幸之助は、「不況なお良し」と、不況の時に大きく飛躍し
ています。「不況は自分の心の内にあり、外側の環境に
はないのだ」と、教えられました。

この時代を悲観的に解釈すれば、経済の動きに一喜一
憂せざるを得ません。多くの人が自信をなくしていますが、
私は幸之助の教えこそ今の世の中を救うとさえ思ってい
る一人です。

すべては生成発展という善循環の始まりの発想を持つべ
きでしょう。

支払いの倫理

ビールが次々に値上がりしたときK君は、とてもいまいましかった。一介のサラリーマンである彼は、
大好きなビールをこれから飲めなくなると、腹もたつし、悲しくもなるのだった。
妻君に買っておくようにいうと、いやな顔をする。「こんなに値上がりしては、とてもやっていかれないわ。
お飲みになりたいだけ、あなたがだしてくださらないこと」などと言われて、困った顔をされると、
しぶしぶ自分の財布の口をひらくより他に仕方がなくなるのだった。
特別な嗜好物は自分で支払うこと。これが物価値上がりのご時勢に、妻君から突きつけられた彼の悲劇だった。K君は、波だつ心をおさえてビールを注文し、代金を支払うのだった。僅少のようではあるが、
値上がりした分は、彼の腹の底に残った。
「こんなに値上げばかりでは、とてもかないませんわ。お野菜も、お肉も、お魚も…」くどくどと言いながら
妻君のついでくれるビールの味は、かくべつに苦いのであった。
このようなことから、会社に出ても朗らかに働けないのである。健康もすぐれない。
ところでN君の場合は、反対にあっさりしている。「また値上がりか。困るなあ…」彼ももちろん眉を
ひそめる。「こんなに値上がりばかりで、政府は何をしているのかしら。もっとしっかりした議員さんを
選ばなくてはダメよ」。妻君も大いに憤慨している。しかしである。N君は、すぐに割り切るのだ。
「まあ、いい。どうせ値上がりをしてしまったのだから、きっぱりと払っておきなさい。酒代なんかは、
これからはぼくが出すことにするよ」そういって彼自ら酒屋に電話をかけるのだ。
妻君のほうでも、夫があっさりと気前もよいので、いつまでもぐずぐず言っているわけにはゆかない。「
うちも大変だけれど、まあまあ、ほがらかにいきましょうよ。ね、あなた。さあ、いっぱい、どう…」
といった調子で、一家団らんの幕が切って落とされる。おかげでN君も愉快に家庭生活を楽しむことができ、
会社に出ていってもバリバリと働ける。こうして彼のまわりは明るい雰囲気になってしまう。そのせいか、
子どもたちも伸び伸びと朗らかな表情だ。

支払う時に、いやな顔をされると、支払われるほうも、それだけ不愉快になる。これは人間関係だけに
とどまらない。その心は物品にも響く。まわりのすべてに波及する。
もちろん物価は上がらないほうがよろしい。しかし、どうしても上がってしまったのなら、きっぱりと肚を
決める。いつまでもメソメソしていないで、スパッと払う。これが喜んで支払うということだ。
惜しみ出して、いつまでも渋面をつくっている。これでは買われた品物のほうも、おもしろくはあるまい。
食べものも栄養分も、程よく吸収されはしないであろう。それらは生きて働かないのだ。ケチな人間には、
ケチなようにしかまわりは動かないが、気前よく支払いをする人には、まわりのものは気前よく働く。
とにかく支払いは、その額だけ、きっぱり喜んでやるというのが鉄則で、これは難しいことではない。