天地(あめつち)の恵みと多くの人々の働きに感謝して
いのちのもとを慎んでいただきます――。これは倫理研究所の研修施設・富士高原研修所で、毎食時に行なう食前の挨拶です。
私たちがいただく食べ物は、何一つ自分の力だけでは作ることができません。大自然の恵みはもとより、生産者、調理者、配膳者など、多くの人の働きのお陰で、食膳に上がります。
「食事をする」という営みは、生きていく上で欠かせないことだけに、感謝を向ける対象としては、わかりやすいといえるでしょう。
その一方で、感謝の対象として意識しづらいもの、実感しにくいものもあります。
たとえば、私たちは酸素がなければ一分も生きていけません。ただ、それは目に見えず、あまりに無意識に摂取しているだけに、「空気よ、ありがとう」とはなかなか思えないものです。
そこまで大袈裟ではなくても、「名前」も同様に意識しづらいのではないでしょうか。もともと誰にも備わっているだけに尚更です。
青年時代、病気がちだったAさん。心配した両親が祈祷師に占ってもらったところ、「名前の画数が悪い」と言われ、画数の良い名前をもらいました。
しかし結局Aさんは、新しい名前を使うことはありませんでした。たとえ病気がちでも、画数が悪くても、「親がつけてくれた名前こそ、自分自身を表現するもの」という思いがあったからです。そして、今も大過なく人生を送り、「改名せずによかった」と述懐します。
『万人幸福の栞』の第一条に、「黒にするか白にするか、それは己自身にある。九星早見にあるのではない」という一節がありますが、Aさんはこの改名騒動のお陰で「人生を決めるのは自分だ、この名前で生活するのだと心が定まった」と振り返ります。むしろ、この一件があってよかったと、両親に感謝しています。
私たちは誰でも名前を持っています。苗字は生まれる前から決まっており、名前は早ければ胎児期に、遅くとも生後十四日以内には決まります。
名前は、わが力で得たものではありません。与えられたものには、「当たり前」という感覚がぬぐえないものですが、Aさんのようにしっかりと意識を向けることができれば、自ずと感謝の念が湧いてくることでしょう。
物事は「自覚」によって成ります。食事や空気と同様に、体や名前など、自身に与えられている様々な本(もと)への自覚は、感謝の気持ちを高めてくれます。
経営者も、〈俺が得た仕事だ〉〈自分の力でここまできた〉という思いが強ければ、そこに感謝の気持ちは湧いてこないでしょう。〈私に与えられた、またなき仕事である〉という自覚の深まりの中に、多くの支えや創業時の苦労へと遡ることができ、心の底からの感謝が湧き上がってくるのです。
今この瞬間、自分の本となる無数の感謝の対象によって生かされていることを自覚したいものです。
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