サプリメントの販売業を営んでいるA子さんは、昨年八月、知人の誘いで倫理法人会に
入会しました。その後、富士教育センターで開催されている「経営者倫理セミナー」
を受講しました。
セミナーの中で、屋外で静坐(せいざ)をする実習がありました。静坐をする場所までは、
素足で林間の砂利道を歩いていきます。A子さんは、約百名の受講者の先頭を
歩くことになりました。
季節は二月。身も凍るような寒さの中、足裏から冷たさと痛みが伝わってきます。
A子さんは、慣れない素足で歩くのは嫌だなと思いながら歩き始めました。
下を見ながら、少しでも痛くなさそうな道を選んで歩いていると、講師の声が聞こえてきました。
「道を選んでいませんか。足の痛みは、知らず知らずのうちに、
身近な人に与えてきた痛みと感じてください。その痛みを受け入れてください」
その言葉を聞いて、A子さんは〈本当にそうだ、自分はいつも楽な道ばかりを選んできたな〉
と振り返りました。そして、〈この痛みを受け入れよう〉と覚悟を決めて歩くうちに、
夫の顔が浮かんできたのです。
実はA子さんは、夫婦関係に問題を抱えていました。夫とは、会話や挨拶すら交わさない状態が
長く続いていました。このセミナーが終わったら、離婚を告げようと心に決めていたのです。
〈私も知らず知らずのうちに、夫を傷つけていたのだろうか…。
今まで痛みに気づいてあげられなくてごめんなさい〉
素足で、一歩ずつ大地を踏みしめるたびに、申し訳なかったという思いが込み上げました。
そして、その日の夜、夫に宛てた手紙を書いたのです。
セミナーが終了し、A子さんは自宅に戻りました。夫婦の冷たい空気は変わりません。
翌朝の出勤前、思い切って夫に声をかけ、夫への手紙を読み上げました。
「これまで私は、心の中であなたを責めていました。でも、嫌な思いをさせてきたのは、
私の方だったのかもしれません。ごめんなさい。こんな私を受け入れてくれてありがとう。
あなたの優しさに気づける妻になりたいです」
手紙を読み終えると、A子さんは「いってらっしゃい」と、夫を抱きしめたのです。
夫は逃げるように出勤しましたが、A子さんの心には清々しさがありました。
その日の夜、食事の準備をしていると、「今朝は驚いた。けれど嬉しかったよ」と、
夫から話しかけてきました。そして、「今日は久しぶりに気持ちよく仕事ができた。
これからもよろしくね」と、優しく抱きしめてくれたのです。A子さんはただ涙が溢れました。 「書く」という行為には、感情を整理する作用があります。セミナーという非日常の場で得た
気づきは、手紙を書くことを通じて、自分たち夫婦の関係を深く見つめることにつながり、
自ら歩み寄る勇気をもたらしてくれました。
その後、夫婦の関係は修復され、今も仲睦まじく暮らしています。