ある程度の年齢を重ねると、たいていの人が、体のどこかに不調を抱えて生活していること
でしょう。慢性的なものから、突発的なものまで、体調が悪いと、気分が沈みがちになります。
また、予期せぬ病に見舞われれば、〈どうなるのだろう〉という不安にも苛まれます。
折角(せっかく)なった病気を、ただそれだけとして直しては惜しい、勿体(もったい)ない。
今や病気をこわがる、恐れる時代は過ぎた。よろこんで、これを利用する時代がきた。
これは、心の状態や生活のあり方と、病気の関係を述べた『万人幸福の栞』第七条の一文です。
純粋倫理では、ただでさえ暗い気持ちになりがちな病気を前向きに捉え、「よろこんで、
これを利用する」ことが肝要であると説きます。
では、利用するとは、どのようなことでしょう。
年度末の業務多忙なある日、Kさんは突然の体調不良に襲われました。通常通り出勤した
ものの、みるみる具合が悪くなり、激しい吐き気と腹痛に襲われたのです。
病院に駆け込むと、虫垂炎(ちゅうすいえん)という診断でした。手術の必要はないとのこと
ですが、薬を飲みながら、しばらく自宅で療養することになりました。
その結果を会社に報告すると、上司から「仕事のことは気にせず、しっかりと治してきなさい。
すべてお医者さんにお任せして、この際だから、お腹の黒いところもきれいにしてきなさい」
と言われたのです。その時は単なる軽口だと思った上司の言葉が、体調が回復するとともに、
Kさんの脳裏に蘇ってきました。
〈繁忙期に休んで、職場に迷惑をかけてしまった。仕事もできないのだから、今だからできる実践に取り組んで、上司に言われた腹黒さも洗い流そう〉
そう考えたKさんは、自宅のトイレ清掃を始めました。感染症予防のため、マスクとゴム手袋を
して、清掃後のアルコール消毒を徹底しながら清掃を続けました。
考えてみれば、トイレ掃除はこれまで妻に任せきりでした。自身のこれまでの生活を省みながら、Kさんは次第に、病気になるべくしてなったのだと感じるようになったのです。
〈食事や排泄など当たり前のことへの感謝を忘れ、職場や家庭でも、してもらって当たり前
という気持ちで生活していた。腹の黒い虫が騒いで、腹痛に襲われても、文句は言えないな〉
病気をきっかけに感謝の心を深めることができ、一皮むけた感覚を得たKさんでした。
一般的に、病気になれば診察を受け、薬を服用するなどして症状を和らげます。純粋倫理では、それだけに留まらず、病気という苦難をきっかけに生活態度を見直し、その病気の原因になって
いる心の問題にもメスを入れ、実践という治療を行ないます。
この外面的治療と内面的治療が噛み合った時、病気はただ苦しみをもたらす厄介者ではなく、
私たちをさらに向上させてくれる、喜ぶべき現象となるのです。