ある住宅設備会社が、配管工事を受注した時のことです。
設計から工事まで滞りなく進み、設備の据えつけが終了しました。
住宅設備会社のA氏は、工事部門の担当であるB氏と共に、納入先に出向きました。
そして、お客様に機械の説明をし、試運転を始めました。
その時です。つなぎで使用している配管の上に、B氏が何気なく土足で上がったのです。
A氏は一瞬「あっ」と思いましたが、そのまま試運転が始まりました。
その場は何事もなく終了しましたが、納入を終えた後、先方の関係者がA氏に近づいて、
こう囁いたのです。
「先ほど納品されたばかりの機械の〝つなぎ〟の部分に、靴のまま上がっていましたね」。そして「以前にもBさんは似たようなことがあったんですよ」と付け加えたのです。
A氏はただ謝罪する以外はありませんでした。
B氏は、工事部門の部長を長年務めている大先輩です。職人として社内で一番の技術を持つ
大ベテランで、A氏も日頃より尊敬していました。
その一方で、長年の経験をもとに仕事を進めるため、人の話をあまり聞かない面があります。
わが道を行く職人気質の先輩でした。
会社に戻ったA氏は、この出来事を社長に報告しました。社長は「部長には私から言っておくよ。まあ、今に始まったことでないからね」と、事態をあまり重く受け止めていないようでした。
A氏はかつて、小さなミスに気づいていたにもかかわらず、そのまま放置し、仕事が減り続け、
ついには廃業に追い込まれてしまった取引先を目の当たりにしたことがあります。
それだけに、〈ここで軌道修正をしておかないと、取り返しのつかないことになる〉と、
危機感を募らせたのです。
ベテランの技術や経験は、会社の財産である一方、慣れから生じるスキや気のゆるみは、
危機にもつながりかねません。翌月の社内会議の中で、A氏は、お客様に喜んでいただくためには原点に戻ることが大切ではないかと、勇気をふるって発表したのです。
すると、数名の社員から、「納入したら終わりでなく、問題なく稼動しているかを確認し、
アフターケアを怠らないことが次の受注につながるのではないか」といった前向きな意見が
上がったのです。
またB氏も、自分自身を振り返って、仕事で使う道具を大事に扱っていなかったことを
反省したそうです。そして、先日の試運転のことを思い出し、気を引き締めることを
誓ったのでした。
倫理研究所の創立者・丸山敏雄は、『万人幸福の栞』の中で「小さいことに末を乱す人は、
大切なことに終わりを全うしない」と説いています。後始末の要点は、終わってもなお緊張を
ゆるめないところにあります。特に小さなことは「まあ、いいか」と曖昧にしたまま放置しがち
です。長年行なっている仕事の後始末を会社全体で点検して、改善するべきは改善して
いきたいものです。