婦人靴の卸小売業を営むK氏は、創業以来、「支払いは現金で」という信念を貫いています。そして、支払日が土日の場合は、その前日、前々日の金曜日に支払うことを徹底してきました。
K氏が純粋倫理に出合ったのは、二十代の頃です。父親の知人の靴店で、住み込みで働いていた時、社長夫人から「朝の集い」(個人会員組織の早朝勉強会。現・おはよう倫理塾)に誘われたことがきっかけでした。はじめは仕方なく通っていましたが、次第に、講師の話や『万人幸福の栞』の内容に感化を受けるようになっていきました。
特に感銘を受けたのは、第十条「勤労歓喜」でした。厳しい職場環境の中で、仕事に喜びを見いだすことができずにいたK氏は、自分の心の持ち方次第で、働く喜びを得られることを知ったのです。そして、「真心で働いて、働く喜びを実感したい」と、仕事に向かう気持ちが変化しました。その懸命な姿に、周囲の人たちも一目置くようになっていきました。
その後、K氏は四十六歳の時に、婦人靴卸業のM社を起業しました。
起業にあたり、K氏には、思うところがありました。それは「売り買いのすべてを現金決済とする」ことです。
手形決済が当たり前だった当時、不渡りで倒産する同業者をたくさん見てきました。その教訓から、すべての決算を現金で行なうことができれば、不測の事態に陥ることはない、と考えたのです。
現金決済に応じてくれる業者は、そう多くありませんでしたが、氏は自身の信念を貫き通しました。
常に期日を守り、喜んで支払いを続けてきたK氏は、その誠実な仕事ぶりから、次第に仕入先や取引先の信頼を得ていきました。
やがて、大手総合スーパーI社との取引が始まります。その際には、売れた分だけ請求する「売り上げ仕入れ」を実行しました。支払いがキッチリしているだけではなく、仕入れ側に有利な取引をすることで、K氏の信頼はさらに増幅し、複数の店舗での取引ができるようになっていきました。
その後、商品搬入が増えたことから郊外に土地を求めたところ、一週間後に突然「目の前に新駅ができる」と発表されるなど、不思議な運にも恵まれていったのです。
今年四月に発生した熊本・大分地震では、〈少しでも困っている人たちの役に立つなら〉と、百万円を寄付したというK氏。自らの歩んだ道を振り返って、「常に栞の第十一条〝たらいの水〟を第一に実践してきた」と語ります。
二宮尊徳先生が、弟子に示したたらいの水の例話のように、欲心(よく)を起して水を自分の方にかきよせると、向うににげる。人のためにと向うにおしやれば、わが方にかえる。金銭も、物質も、人の幸福も亦同じことである。(『万人幸福の栞』より)
栞では、喜んで人のために尽くす時、自然と幸福に恵まれることを示しています。お金のあるなしに関わらず一貫して現金決済を続け、支払日を守ってきたK氏の半生は、まさに、たらいの水の例話が具現化されたものでしょう。