口先だけでは伝わらない

建築設備会社を営むO氏は、十年目になる社員Kさんのことで悩んでいました。

Kさんは元来、黙々と仕事をこなすタイプです。最近では、他の社員とも積極的にコミュニケーションをとって、仕事への意欲が感じられるようになっていました。

〈そろそろ役職を任せよう〉と考えていた時、思いがけないKさんの言葉を耳にしたのです。

「みんなが泥だらけになりながら仕事をしているのに、社長はよくも毎日、好きなことばかりしていられるよなっ」

たまたま通りがかった時に聞こえてきたKさんと同僚の会話。声の調子には、積もり積もった日頃の不満が感じられました。

その日はそのまま帰宅したO氏ですが、その言葉が頭から離れません。思い返すたびに腹立たしく、悲しさが込み上げます。

O氏はもともと人間関係を築くことが苦手でした。経営に関しても自信がなかっただけに、マネジメントや社員教育に関する本を片端から読み、自分なりに勉強をしてきました。それなのに…。

Kさんの辛辣な言葉を思い出しながら、思いを巡らせていると、ふと日頃から社員にかけている言葉が脳裏に浮かんだのです。

「俺がとやかく言わないのは、お前たちを信じているからだぞ」

それは経営者として良かれと思っての言葉でした。しかし、〈はたして自分は本当に社員を信じていたのか。社員が気持ちよく働ける場所を作ってきたのだろうか〉という疑問が心に湧いてきたのです。

そして、自問自答の末、社員たちを心から信じきれていない自分に気づいたのです。

O氏は、本当の意味で社員を信じて任せきれる社長になりたいと心に誓い、「最後の責任はすべて自分自身がとる」と決意を新たにしました。

翌日、社員たちが気持ちよく業務に取り組めるよう、普段よりも二時間早く出社し、Kさんや他の社員の机をすべて拭き上げたO氏。ところが、その日現場に直行したはずのKさんが、不注意から事故にあってしまったのです。

入院六カ月との報告を受けたO氏は、Kさんの抱えていた仕事をすべて引き継ぎました。そして、〈Kは必ず復帰してくる〉と信じ、祈るような気持ちで、毎日清掃を続けました。

三カ月を過ぎた頃から、自分と一緒に雑巾がけをしてくれる社員が増えてきました。社内全体の環境が少しずつ変化してきた頃、Kさんが復帰してきたのです。

〈自分の居場所はあるのか〉と、解雇も覚悟しながら出社したKさんを迎えたのは、ピカピカに磨き上げられた机でした。そして、O氏は、戸惑っているKさんの肩をたたきながら、「おかえり。また頼むぞ」と笑顔で出迎えたのです。

心の内には、Kさんが復帰できた喜び、そして、彼のお陰で自分は変わることができたという喜びが溢れていました。

それからしばらくして、Kさんは役職を受け、今ではO氏の片腕として活躍しています。

 

福岡市東区香住ヶ丘  株式会社 キョウエイホームより