ある飲食店の話です。この店は厨房とホールスタッフの人間関係が良くありません。仕事前に、ホールスタッフが料理長の機嫌を確認するほど、強い上下関係が存在しています。
ホールスタッフがお客様からの要望を料理長に告げると、「うちの味の特徴を説明するのが仕事だろ」と叱られます。また、手のかかる料理のオーダーを取ってくると、「気をきかせて売り切れにしろ」と言われることもあります。
ベテランのスタッフは、何とか対応しているものの、新人はうまく対応できません。厨房に気を使いながら、お客様にも怒られるという状況が生まれます。
しかし、経営者のFさんは、そうした人間関係には気づいていませんでした。料理長の腕を信頼し、「いい料理さえ出せば、利益が上がる」と考えていたのです。
店の空気は日増しにギクシャクし、客足が遠のいていきました。そしてある日、料理長が、常識を超えた材料費を経費として落としていたことがわかったのです。
Fさんがそのことを指摘すると、料理長は一応謝ったものの、「スタッフへの慰労として使っている」と言い訳をします。そして、厨房スタッフ全員を連れて店をやめることを匂わす始末です。
困り果てたFさんを助けたのは友人でした。Fさんを経営者モーニングセミナーに誘ったのです。
セミナーでは、偶然にも同業者のスピーチがありました。食中毒のピンチを、倫理経営の実践で乗り越え、社内改革に成功したという内容でした。
「現場を見ていなかった自分の責任でした」と潔く語る同業者の姿勢に、Fさんは胸を打たれました。まさに、自分に必要なことはこのことだったと、目が覚める思いがしたのです。
Fさんは〈このような事態を招いたのは自分の責任だ、料理長を増長させたのも自分だった〉とつくづく反省しました。そして翌朝、まず料理長に詫び、その上で「辞めてもらっても構わない」と毅然と告げました。朝礼では、スタッフ全員に「今まで申し訳なかった」と頭を下げたのです。
その後、Fさんは自ら接客に立ち、時には厨房で皿洗いもし、現場第一主義の社長に徹したのです。また、厨房の地位は保ったまま、ホールの発言力を高めて、お客様の声に応えられるように意識改善を進めました。お客様を待たせた場合は一品増やすなどのサービスも行なうようになりました。
その他、社員の息遣いを肌で感じることで、労働条件の改善にも目を向けるようになったFさん。その一環として、営業時間の短縮を提案すると、逆にスタッフから「夜遅く来店するお客様に申し訳ない」「売上にも影響するのでは」という声があがりました。社員の幸福を第一に優先することによって、逆に社員が経営を考えるように変わってきたのです。
Fさんと社員相互の信頼関係は、社内を一変させました。店の雰囲気が明るくなるにつれ、客足も徐々に回復してきたのです。