昨年度、I県倫理法人会の普及拡大委員長を務めたH氏。
様々な困難を乗り越えて、みごと二単会の開設を成し遂げ、年度の普及目標達成を牽引しました。
「倫理を学ぶ仲間を増やすことは地域をよくすること」という信念を持ち、「絶対に大丈夫」と自分にも周囲にも言い続けた背景には、自身の倫理体験がありました。
H氏は、自動車関連の会社を経営しています。創業者である父とがむしゃらに働き、事業継承後は、人の三倍働きました。その一方で、頑張れば頑張るほど、自分にも他人にも厳しくなっていました。
ある時、長男が突然、引きこもるようになったのです。腹を立てたH氏は、寝ている長男の布団を強引にはがし、叱りつけ、時には手を上げました。しかし、どうにもなりません。無力感に苛まれた氏は、息子を変えたい一心で倫理指導を受けました。
「見返りを求めずに」という言葉と共に指導されたのは、四つの実践でした。「息子に手紙を書くこと」「墓参をすること」「両親の足を洗うこと」「妻に詫びること」。どれもハードルの高いものでしたが、翌日から実践を始めました。
長男には「辛いだろうが、必ずよくなると信じている」と書いた手紙を渡しました。先祖の墓前で手を合わせ、「息子を助けてください」と声に出した瞬間、体の底から力が湧いてくるような感覚に包まれました。戸惑いながらも母の皺だらけの足に触れると、苦労をかけた申し訳なさが溢れ、「嬉しいよ」と繰り返す母の言葉に、泣きながら足を洗いました。
問題は、妻に詫びることでした。普段から会話も多く、仲が良かっただけに、何を詫びたらいいのかわからなかったからです。
形だけでも済まそうと、ある早朝に妻を呼び、「今まで苦労をかけた」と土下座をしました。夫の謝る姿に妻は感激し……という光景を期待しましたが、妻は何も言わないままでした。それでもH氏には、やるだけはやったというスッキリとした気持ちが残りました。
すると翌朝、あれほど頑なだった長男が、作業服を着て階段を下りてきたのです。思わず息子を抱きしめたH氏。すぐに指導者に報告すると、「奥様に詫びた理由は何だと思う?」と尋ねられたのです。
「奥様が十月十日お腹の中で慈しんだ最愛の子に手を上げたからです。これでご先祖とご両親、妻と息子さんに繋がれましたね」
後で知ったことですが、当時の妻は、体調を崩して、倒れる寸前だったそうです。また、土下座をした日、妻は息子と話し合っていたのでした。「お父さんは本気よ。このままでいいの?」と必死に懇願していたのです。
H氏はいかに自分が独りよがりだったかと痛感しました。変わるべきは息子ではなく、自分だったのです。四つの実践は、自分の頑固さを溶かすものでした。
倫理の凄みを実感した氏は、胸を張って倫理を勧められるようになったと言います。「絶対に大丈夫」との言葉は、体験から紡ぎだした信念によるものだったのです。