口にまつわる諺(ことわざ)や故事成語は多くあります。
たとえば「天に口無し、人を以って言わしむ」という諺をご存じでしょうか。「天には口がないので、その意志(天意)は人の口をもって告げられる」という意味で、われわれが学ぶ純粋倫理の七つの原理の一つ、「全一統体」にも一脈通じるでしょう。
全一統体とは、人や物や自然などあらゆる事象や現象は、一見無関係のようでも、目に見えない奥深い次元でつながりを持ち、相互に連携して一つに統合されていると教えるもので、純粋倫理の根本的な原理を指します。
諺に限らず、「口」に関する言葉が枚挙にいとまがないほど多くあるのは、体の中でもそれだけ卑近で、欠かせない部位だからでしょう。思えば私たちは、一日たりとも口の世話にならない日はありません。食べることは口から始まり、日々言葉を交わして生活を営んでいます。
言葉を交わすことについて、倫理研究所の二代目理事長・丸山竹秋は、「よいことの実行を語ろう」という原稿を遺しました。
前号の「今週の倫理」でも紹介しましたが、興味深い点は、己の善行を、時には進んで「語る」ことを薦めている点です。自慢や偉ぶるような気持ちで語ることは自戒すべきだとした上で、「己の善行を進んで報告することも必要」だと主張しています。
その事由は、〈良いことをした。人に打ち明けたい〉と思っていながら我慢することの不自然さにあります。そうした我慢がうぬぼれを生み、やがて偉そうな心、強情な心にも転じるから戒めるべきだというわけです。
自分のしたことを聞いていただき、「それがもし人様のため、世の中のために参考になるのであれば、どうぞよろしくお願いします」と祈るような心で報告することは、その人自身を高めるだけでなく、聞いた人の実践のきっかけともなります。その両者が増えることこそが社会にとって有益だという趣旨で書かれたものでした。
この原稿は今から四十年以上前に書かれたものですが、現在の倫理法人会活動にあてはめれば、「経営者モーニングセミナー」の会員スピーチ、「経営者の集い」や「倫理経営講演会」の事業体験報告に相当するでしょう。
これらのスピーチや報告は、一つの実践でもあります。己の善行を人に話すトレーニングです。
己の善行に対して〈これは自分の力でやったのではない。周囲からの助けや天のお陰でチャンスをいただいたのだ。ありがたいことだ〉と、自然に謙虚な心根になれるまで実践を続けたとき、人や物を引きつける魅力的な品格となって外に表われるのでしょう。
とりわけ口や口元には、その人の人生や品格が表われるものです。その人の見えない心根は、言葉となって口から表われます。
己の品格が高まることに比例するように、家族や社員にも影響が及び、薫化となって、家風や社風がより良く高まっていくのです。