「イヤ」を改める

人と人との関係において、会話は大きな役割を果たします。しかし、私たちは、相手の話を聴くより、自分が話す比重のほうが多いようです。相手をわかろうとするよりも、自分をわかってほしいということに意識が向いてしまいがちです。

さらに、〈わかってもらえない〉〈受け入れてくれない〉というストレスが反発心を増幅して、相手の言葉がまったく耳に入ってこなくなることもあるようです。

飲食店に勤めて一年目のAさんは、K先輩から、ことあるごとに接客マナーの指導を受けています。Aさんは、わかりきっていることを口うるさく言う先輩が苦手でした。表向きは「ハイ」と応えてはいるものの、まったく聞き入れる様子がありません。

ある日、いつものように接客指導を受けている時に、「イヤ、それは……」と口答えをしてしまいました。すると、先輩の顔がみるみる赤くなり、「人の話をまったく聞かないやつだな! 『イヤ』という口癖は、聞きたくないという気持ちの表われだぞ」と怒号が飛んだのです。

口癖という言葉に、Aさんはハッとしました。実は以前にも、お客様からの要望に、「イヤ……」と返してしまい、同じような叱責を受けたことがあったからです。

その後、「イヤ」という口癖を改めようと意識するものの、なかなか改善できません。どうしたらよいのかわからないまま、店のオーナーに相談しました。

すると「自分は全部わかっていると思い込んで、耳を塞いでしまうのは、あなたの悪い癖だよ」と指摘され、続けて「先輩のことを尊敬していないでしょう? 相手を信頼して、最後までしっかりと聴くことを意識しなさい」と諭されたのです。

オーナーの言葉に、Aさんは、これまでの自分を思い返してみました。たしかに相手の話を最後まで聴かず、途中で遮ってしまうことがよくありました。相手が話をしている途中から、次に自分が何を言おうかと考えて、そちらにばかり意識を向けていることが多かったのです。そんな自分を根気強く指導し、きちんと叱ってくれた先輩に、申し訳なかったという気持ちが湧いてきました。

それからというもの、Aさんは先輩の助言をそのまま受け止め、些細なことでも、自分から尋ねるように変わっていきました。仕事中は、自然と先輩の姿を目で追うようになり、その時その場に応じて、柔軟な対応をしている接客ぶりにも気がつきました。

また、「心のこもっていない接客では、お客様に伝わらないよ」とかつて先輩に言われた言葉を肝に銘じ、接客応対の向上に努めるようになったのでした。

笑顔で、頷きながら相手の話を聴くようになったAさんには、いつしか「イヤ」という口癖はなくなりました。先輩とのコンビ仲も良好になり、オーナーは店を盛り立てる二人の姿を頼もしく見守っています。

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