世のすべての企業には、創業・開業といった「はじめ」があります。
「初心忘るべからず」といいますが、これは室町初期の能楽師・謡曲作者である世阿弥の遺訓です。当初は「能楽を習い始めた頃の、未熟さや至らなさを忘れてはならない」という意味で伝えられていたようです。いつしか、それが転じて「何事も始めた頃の志や決意を忘れてはならない」と解されるようになりました。いずれにしても「物事を始めた時の気持ちを忘れるな」ということです。
創業・開業の動機は「自分の技術や能力を活かしたい」「世の中の役に立とう」というポジティブなものから、「ただ何となく」「他に職がないので仕方なく」「ひと儲けして金持ちになる」「社長の肩書が欲しい」「有名になりたい」まで様々でしょう。
動機は各人各様であっても、そこから導かれた社長の意識が「経営理念」となります。それは目的・目標とも直結し、その後の企業価値や商品価値など、企業活動全般に関わってくるといっても過言ではありません。これは後継者が事業を引き継いだ際も同様です。
パナソニック電工の創業者・松下幸之助は「商売というものは単なる売り買いではなく賢明な奉仕であり、そこによき心が通い合わなければならない。社会のため、人々のために奉仕・貢献するのでなければ、事業を大きくする必要はない」と言い遺しています。
本田技研工業の創業者・本田宗一郎は「自分が儲けたいのなら、まず人に利益を与えることを考えよ。そのあとに、そのオコボレをもらう。これが経営の本質でなければならない」と語り、社会に利益を与えることが企業存続の価値であると説きました。
「大切なのは、いつも自分のことを主にして考え、自分の利益だけに重点を置くという生活をしないことだ。自分に五割の利益があれば、相手にも五割の利を考えてやるとか、自分よりもむしろ相手の立場を尊重して、しかも厳然と処置するとか、要は自分以上に相手のためを思うという愛情を決断の根拠にすることである」(『倫理経営原点』第十三章「事業・商売の心得」より)
事業発展のキーワードと共通点は「利他」にあります。そして原理原則は「発顕還元」です。発したものは必ず返るという「振り子の法則」です。振り子は右に振れただけ左に振れます。手前に寄せただけ、逆に前方への力が働きます。問題は力を入れる方向性と順序です。まず人のため、お客様のためにと押し出す。するとこちらに返ってくる。事業の目的は社会のニーズに応えること。応えた分だけ利益として還元されるのが、原理・原則に適った社会のシステムであるべきです。
ただし、現実はそうなっていないところに問題があるのです。問題は二つ。ひとつは自社の問題です。企業として「利他」が実践されているかどうか。自社の問題は経営者の問題です。いかなる創業・開業の動機であっても、経営者自らが目的を「利他」に昇華させることが重要です。もうひとつは社会システムの問題です。倫理法人会は「日本創生」を旗印に倫理経営を多くの企業に浸透させることを目指しています。その活動は「利他」にあり、そして自社に還元されるものなのです。