温かな理解と思いが人の心を開かせる

人はなぜ涙を流すのでしょうか。嬉しい時、悲しい時など、涙を流す状況は人によって様々ですが、揺れ動く感情によって涙を流す動物は人間だけであるといわれます。
次に紹介するのは、建設業を営むA氏とその社員との、涙にまつわる体験です。
A氏は毎年「社員の家庭訪問」に取り組んでいます。社員の家族を知って、社員のみならず家族ともコミュニケーションを取っておくことが大切であると思い、家庭訪問をスタートさせたのです。
家庭訪問を続けて数年が経過したクリスマスの夜、A氏は父子家庭の社員宅を突然に訪ねました。本来であれば事前に社員と連絡を取るのですが、その社員の家庭には小学校一年生になる一人娘がおり、A氏は三人で一緒にクリスマスを過ごそうという思いつきから、突然に訪問したのです。
玄関を開けると、奥で毛布を被って女の子が一人でテレビを見ていました。A氏は「お父さんはいますか?」と聞くと、下を向いたまま何も言いません。再度「お父さんはいますか?」の問いかけに、「お父さんは飲みに行っちゃった…」と答えたのです。
「ご飯は食べたの?」と聞くと、「食べてない」と答え、「寒いのになぜストーブをつけないの?」と聞くと、危ないからストーブはつけてはいけないと言われたとのことでした。
その言葉を聞いたA氏は、女の子の何とも寂しそうな表情を見て、涙がその場で溢れ出して止まりません。A氏はすぐに外へ飛び出し、おもちゃ屋で人形を買い、ケーキを購入して彼女の元へ走って戻りました。そして「実はお父さんから、可愛い○○ちゃんにプレゼントとケーキを渡してほしいと頼まれたんだよ」と機転を利かせました。あわせて「温かいものでも買って食べてね」と一万円を渡し、溢れる涙をこらえつつ自宅へと戻ったのです。
翌朝、朝早くに会社へ出勤すると、その社員が一番で出社していました。A氏と目が合った瞬間、気まずそうに寄ってきた社員は、昨晩のお礼を言うと共に、留守をしていた非礼を詫びたのです。
しかしA氏は「君が悪いのではなく、突然訪問した私が悪かった。君も奥さんがいないから、これまで苦しいことや辛いことが多かったんだろう。君の悩みにまったく気づかなくて申し訳なかった」と言い、昨夜のことを思い出しながら男泣きに泣いたのです。
その瞬間、社員はドッと泣き出し、身内にも話せないような自分の過去や、妻と離別した経緯と真意を、一時間にわたりA氏に吐露したのです。
その後、その社員は必死になって仕事に取り組むようになり、今では専務取締役としてA氏の右腕として元気に働いています。
純粋倫理の考え方の一つに、「涙の洗浄」という実践体験があります。倫理運動の創始者・丸山敏雄は、自身の体験を通じて「涙の洗浄を経たとき、これまで家庭生活における夫婦・親子・兄弟のまたは交友の間につもる不和も一夜に解消する」と語っています。
涙は相手を理解し思いやる心の表われです。自分のみならず、相手の人生をも劇的に変える大きな力を持つ「理解」と「思いやり」を、日頃から大切にしていきたいものです。