親や祖先への感謝が苦難を打開する

福井県内で個人商店を営むS氏は、父が創業した店を継承し、三十数年間懸命に経営に尽力してきました。昨年六月、資金繰りが立たず、窮地に追い込まれました。S氏は倫理を長年学びながらもどうして経営危機に陥ったのか納得できず、不安だけが募る毎日でした。そこで、あまり信用していなかった倫理指導を、藁をも掴む思いで受けたのです。
S氏はH講師にこれまでの経緯を話しました。三十数年前に創業者の父から継承し、厳しいながらも地域に喜ばれる商店を目指して、厳しい状況ではその都度、母から資金を借りていました。そんな母も十年前に他界。残された家族で力を合わせ、一昨年前にオリジナルの商品を開発しましたが、起死回生につながらず、倒産の危機に陥りました。自分を生み育て苦労して店を支えてくれた母に、ただただ申し訳ない思いが込み上げてきたことをH講師に伝えました。
話を聞き終えたH講師は、「誰のお陰で自分があるのか。あなたの話には母親しか登場しない。父親はどうしたのか」との問いに、S氏はハッとしました。自分を懸命に育て、いい加減だった自分に一から仕事を教えてくれた父の面影がよみがえると、熱い思いが込み上げてきたのです。
指導後、すぐに父の眠るお墓へと向かいました。墓前にぬかずいた途端、「すみませんでした」との詫びの言葉が自然と出て、次から次へと涙が溢れ落ち、心が洗われる想いがしたのでした。
墓参りを続けて二日後、思いもよらない吉報が訪れます。東京のテレビ局から、地域の特色を取り上げた番組で、社のオリジナル商品を取り上げたいとの出演依頼を受けたのです。
倫理指導を受けた直後でもあり、亡き父が自分に力を貸してくれたと強く確信したとS氏は言います。放送終了後、全国から注文が殺到し、生産が追いつかない状況へと急変したのです。S氏は亡き父への尊敬と慈愛を深めながら、現在は全国各地で開催されるイベントから呼ばれるなど引っ張りだこです。
亡き人が力を貸すことは、現代の科学文明では不可思議なことかもしれません。倫理研究所創設者・丸山敏雄は「祖霊迎拝の倫理」について次のように記しています。
純粋倫理の生活においては、端的に必要に応じて、父母祖先の亡き霊を呼び招くの式を執る。これはどうするか、何もむずかしい事ではない。生前に仕えたごとく、心に深く思い、礼を厚くしてお迎えするのである。そして、依頼すべきを頼み、報告すべきを報告すると、まさしく願いのごとく、否思いもよらぬ方向に好転していくこと、生ける人に物質的援助をうけ、また肉体的労力の補助を受けると変わりはない。(『青春の倫理』「生命」)
親の肉体を通して生まれてきた私たち。肉体も精神もことごとくこれを受け、今を生き抜いています。苦難をきっかけに両親から受けた恩を実感し、感謝と侘びに徹することで涙と共に凝り固まった我情が洗い流された時、両親や祖先の生命の息吹が直結し、奇跡と思えるような出来事が起こるのです。