調和を生み出す人調和を育てる人

夫を早くに亡くし、子や孫を成人まで育てたある一人の老婦人がいました。
知人のM氏が、そのお宅を訪ねた時のこと、家の中に入ると「いらっしゃいませ。ご苦労さまです」と低頭しての挨拶に、M氏も深々と挨拶を返したのでした。そして「男性は中心に」という古い仕来たりのままに座らせてもらい、懐かしく語り合う時を過ごしました。
帰り際には、「私は外で働く人の苦労は何にもわからないけど、いつもありがとうございます」との言葉をかけてくれたのです。この出会いの中で、M氏にとって忘れられぬものが一つありました。それは老婦人の眼差しです。活力に溢れてイキイキとしており、とても七十歳を過ぎているとは思えなかったのです。その目の輝きが強い残像として残ったのでした。
老婦人は夫のみならず、息子をその孫が成人する前に失っています。孫の一人は「最近、祖母の守ってきた物事に目を向けられるようになりました」と語りました。
女性の手で守り育ててきた背景を考える時、家を守ってきた老婦人は家を育てる役割を担ってきたのではないでしょうか。
「守る」とは決して保守的なものではありません。自分の我欲を無くし、あくまで周囲のことを思い、次の代に繋げるための覚悟なくしてはできない行為です。
組織の中にも、様々なものを守ってきた人がいます。歴史の継続の中には、血の涙を流すような思いで真心込めて守って来た人の思いを忘れる時に、衝突・反発・対決の渦中へと陥っていきます。
それは国も同じです。日本国としての基盤が揺らぎつつある今こそ、国民として守っていくべきものがあります。「歴史」「言葉」「道徳」そして「挨拶」なども挙げられるでしょう。それらを築き紡いで来た人への思いを忘れた時に、国家は争いや衰退への道をたどるのでしょう。日本文化の本質に触れ、守ることが叶った時こそ、国家は強るでしょう。
固な基盤を得▽
「守る」という思いは「愛」と重なります。
「愛」が言葉や行動の形に現われた時に一人ひとりを結びつける力となり、その力によって様々な場が漲り、人・物事・事象があるべき道へと向かっていきます。
『万人幸福の栞』63頁に「愛和は本と末、原因と結果の関係が愛によって和を得た相、和のもとは愛である。そしてこの愛和は、すベての幸福のもとである。親子夫婦のたてよこ十字の愛和は、家庭の幸福のもとであり、親子、長幼のたての敬慈、すベての人の横の愛和、協力が、社会一切の幸福を生み出す」とあります。
調和を破壊する元に否定・批判・拒絶があり、更に進んで無関心があります。大きな風呂敷で全てを包み込み、今この時に向けるべき愛情をただ無条件に注ぎましょう。
他人からの評価・自己保身を捨て、叱るべきは叱るのです。温もりある愛情と損得打算を抜きにした喜びの共有化から来る言行を注いだ分だけ、幸福と調和を生み出すことができるのです。