企業経営で避けて通れないことの一つに、
事業継承の問題があります。
帝国データバンクが41万社を対象に後継
者の実態調査を行ない、その三分の二が「後
継者がいない」または「未定」となっている
ことが発表されました。
後継者不在という状況は、高齢の経営者に
とっては喫緊の課題です。実際、社長の平均
年齢は五十九歳七カ月と、三十年連続で上昇
しているといいます。親族や役員などへの継
承を考える企業も多く、最近では企業の合
併・買収も一つの手段として検討する企業さ
えあるようです。
そもそも事業継承とは、「誰か」が現社長の
会社を引き継ぐことです。「社長の持ち物」で
ある会社を、良いも悪いもすべて相手に移譲
することになります。「よりよい会社」として
相手に引き継がせるためには、社長自身の存
在が重要なカギなのです。
事業継承は企業発展への形であり、社長自
身の人柄や人格の向上が求められます。ある
中小企業経営者の体験を見てみましょう。
S社長は社員や家族に怒鳴り散らす社長で
した。その高慢さをお客様も感じ取ったのか、
だんだんと客足が遠のきました。十人いた社
員も二人にまで減り、社員からの信頼は無く
なっていきました。
さらには家族までもがS社長を無視するよ
うな態度に、「こいつら、何で俺の言うことを
聞かないんだ」と憤る日々でした。そして仕
入れ先の支払いは滞り、資金繰りが不安定に
なっていきました。
経営悪化のために命を断とうとも思い込ん
だS社長。交友関係の延長でしかなかった倫
理法人会に、すがる思いで駆け込みました。
そこで学んだのは、「目が覚めたらサッと起き
る」や「先手の挨拶をする」という実践に、
徹底して取り組むことでした。
自分の心が家族に向き始めたためか、久し
ぶりに妻や息子から「おはようございます」
という声が聞かれました。その瞬間、S氏は
心に温かいものを感じたといいます。
それまでは仕事に関わらなかった家族でし
たが、妻から「経理を手伝おうか」という言
葉をかけられ、長男にも「一緒に仕事をさせ
てほしい」と言われたのでした。家族経営に
よって事業を立て直した結果、お客様から再
び信頼を得られるようになっていきました。
事業発展への道は、必ず社長自身の人柄・
人格が反映します。そこにこそ事業継承の鍵
があるのです。会社を継ぎたいと思わせるこ
とはもちろんですが、周りの人をも巻き込ん
で「関わりたい」と思わせることが大切です。
事業発展と事業継承は同じ道なのです。
純粋倫理の創始者・丸山敏雄の著作『サラ
リーマンと経営者の心得』より、事業経営者
としての心がけを確認してみましょう。
①皆の心がぴったりと、一人で呼吸するよう
にそろっているか。
②進んで喜んで、かかっているか。
③堤防をおしきって押し流す大水のように、
猛烈な勢いで進んでいるか。
肝心なのは、社長自身の心構えです。顧客
から、社員から、家族から信頼される人物で
あるかです。それが根となり幹となり、新た
な枝葉や種子へと発展するのです。