その日は早朝から天気が崩れ始め、台風はAさんの出張先付近へ、ジワリジワリと接近しつつありました。
Aさんは台風の影響から逃れようと、いつもよりも早めに事務所を出発したのですが、その甲斐もなく、やがて列車は暴風域に入り、緊急停車をしてしまいました。
車内には「お客様に申し上げます。現在、台風が接近しているため、列車は当駅でしばらく停車することになりました。お急ぎのところ大変申し訳ありませんが、運転再開までしばらくお待ち下さい…」というアナウンスが流れました。
その後もアナウンスが時折流れ、また車掌も時々車内に現われるのですが、「まだ運転再開のめどは立っておりません。現在、状況を確認中です。今しばらくお待ち下さい」と同じ説明を繰り返すだけです。
一時間、二時間、三時間…と時間が過ぎていきました。強い雨や風は徐々に弱まっていきましたが、それでも列車には運転再開の気配が全くありません。車内アナウンスや車掌は、以前と同じ説明を繰り返すだけです。
やがてAさんは〈一体どうなっているんだ。こうなったら車掌を問い詰めてでも再開予定時間を確かめるぞ!〉と、思い通りにならないことへの怒りと、車掌への責め心をジリジリと募らせていきました。
しかし次の瞬間、〈あっ、そういえば、こうした時の気持ちの切り替え方を、最近教えてもらったことがあったな…〉と、経営者モーニングセミナーで学んだことがフッと浮かんできたのです。それは次のような内容でした。
暑さ・寒さや風雨は、科学技術や文明の力をもってしても、コントロールすることはできない。人間の力を超えた自然現象を忌み嫌ったり、不満を持つことは、戦車にカマキリが向かっていくようなもの。では自然現象に対して、人はどう接すればよいのか。まずは順応すること。暑さ寒さも、雨も風も雪も、天来のものと受けとめ、天与のものとして喜んで和し、逆らわないこと。寒ければ暖を取り、雨の日には傘をさしコートを着ればよい。その時々の自然に素直に合わせ、対応していくものだ。
このことを思い出して、Aさんは冷静さを取り戻しました。そして、出張中に読もうと持参してきた書籍をカバンから取り出し、読書を楽しもうと気持ちを切り替えたのでした。
世の中には、思い通りにならないことが多く起こり得ます。その時、自己をどのような態度に切り替えられるかで、ピンチと思えるような事態を逆に成功へと導けるかどうかが決まってくるのです。
台風が過ぎ去り、空が明るくなりかけてきた頃、車内に「お客様に申し上げます。列車の運転再開のめどが立ちました。大変お待たせしました」というアナウンスが響きました。
それと同時に、Aさんの心も書籍を読み終えた満足感で晴々としていたのです。