経営状況や環境が変わる今の時代、企業は総じて「変化対応業である」といわれます。私たちも人生のうちに幾度か、人としての変化を求められる出来事に遭遇します。
S氏は父親から自分の本意ではない仕事を勧められ、はじめは抵抗していたものの、A社へと入社することになりました。
入社七年目に差し掛かった頃、氏が担当する仕事でクレームが相次ぎました。一つひとつ丁寧に処理はしていくものの、クレームが度重なるにつれ、氏の心の中には〈自分が好きで入社した会社ではないからだ〉という気持ちが沸き起こり、いつしか原因を父にあると思い込むようになりました。身の回りに起こる事態の原因を、すべて父に責任転嫁していたのです。
ある日、氏は自暴自棄になって、持っている荷物の中身を書類、財布、クレジットカード、定期券にいたるまで、すべて橋の上から川へ投げ捨てたのです。
「これで仕事を辞められる」
肩の荷が下りたと思った瞬間、次に襲ってきたのは、その後の将来に対する不安でした。「取引先と我が社との関係はどうなるのか」「上司や同僚に迷惑をかけないか」「家族はどう生きていけばいいのか」。
精神的に錯乱状態に陥ってしまった氏は、着の身着のままの状態で国道を歩きながら、道路に飛び出して自殺を図りましたが、運よく車が停まってくれて、命を救われました。
夜を徹して国道を歩いていた明朝、とある寺で出会った住職から「お前の顔には死相が出ている」と突然に言われました。驚いた氏はここに至るまでの事情を住職に話すと、お堂へ入るように促され、仏様の前に着座してから、次のような一言を教えられました。
「手を合わせるということは、二つが一つになるということ。右手は仏様であり両親でありお客様で、左手は自分自身。自分から相手に心を合わせようとしないと、自分の持っている素晴らしい能力は輝かない」
氏はその話を聞いて、胸が締めつけられるような悔しさと恥ずかしさが込み上げてきました。「仕事のトラブルやクレームは、父親のせいだ」と責任転嫁して父と対立関係にあったことを改めて知ったからです。
住職の一言で深く反省をした氏は、その場ですぐに父に電話をし、事の経緯とこれまでの親不孝を詫びて、心を入れ替えたのです。
住職との出会いにより、その後の氏の人生は大きく変わりました。父との親子関係が良くなったのみならず、仕事への意欲や使命感に燃えて働く喜びを日々感じられるようになりました。さらに、お客様や取引先とも深い信頼関係の絆を結ぶことができたのです。
人生には何度か大きな転換期が訪れるものです。そこに背を向けて生きるのか、真正面から受け入れて、自己の成長の糧と捉えて前進するのかで、その後の人生は大きく一変していくのです。一生に一度の人生をよりよく生きていくために、目の前に与えられた環境や状況は自分にとって必要なものと捉えていくところに、新たなる道が切り拓かれると心しましょう。