九州在住のM氏が倫理法人会に入会して間もない頃の出来事です。四人の子供のうち、当時中学校三年生の次女が万引きで警察に補導されたのです。
その日、職場から自宅に帰って妻の顔を見た時、その形相にただならぬ事が起こったと直感しました。詳しい事情を妻から聞くうちに、M氏は万引きをした次女に対する怒りが込み上げてきました。
短気で知られたM氏は、子供の躾に関しては厳しく対処してきました。怒り心頭で警察署に向かう道すがら、経営者モーニングセミナーで輪読している『万人幸福の栞』第六条「子女名優」の一節が頭をよぎりました。
「生まれて間もない子供でも、母親が忙しい時には心が落ちつかず、両親に心配事があるとよく眠らぬ。大きくなるにつれて、両親がその年頃にした通りの事を繰り返す。心に思っている事でさえ、そのまま親の身代わりに実演する」
確かに思い当たることがありました。それは、年間を通してこの時期には仕事も暇になり、一日中だらけている自分自身の姿です。徐々に怒りは収まり、自分自身に対する反省へと心の中は変わっていきました。
しかし、万引きをした当の本人には、反省のかけらも見えません。万引き行為は許せるものではなく、何らかの責任を取らせるにはどうしたらよいかを考えたのです。
咄嗟にM氏は芝居を打ちました。「お前の万引きで、お父さんは社会的な責任を取らなければならない。いくら娘の起こした事件とはいえ、会社を辞めなければならない。収入はなくなり、お兄ちゃんの念願だった進学も諦めてもらう。高校生のお姉ちゃんにも迷惑をかけ、小学校四年生の妹も学校で万引き姉ちゃんの妹だといじめられるだろう。それでもお前はいいのか」と伝えたのです。
次女は、うつむいたまま言葉はありませんでした。そして帰宅後、兄弟たち全員に同じ内容を話して聞かせたのです。
高校三年生の長男が真っ先に「俺は進学できなくてもかまわない。学校に行かずに社会に出て働く」と言い、長女は「私も高校に通えなくなってもいい。何とかなるよ」と慰め、妹は「いじめられたら、やり返すから大丈夫!」と言ったのでした。それを聞いていた次女は、突然に泣き崩れました。
M氏夫妻も、この兄弟愛に心打たれました。兄弟姉妹のことを考えられる人間に成長していた子供たちに救われる思いでした。
半年後、無事に中学校を卒業した次女から、卒業式の日に手紙を渡されました。
やっと卒業できました。(中略)ポリスに捕まった時、本当に迷惑をかけました。本当に自分のことしか考えていないと思いました。その後、家に帰った後、普通に接してくれたことが嬉しかった。家庭裁判所も忙しい合間をぬって一緒に行ってくれてありがとう。本当にたくさんのことがあった三年間。たくさん成長できたと思う。これもみんなのお陰です。ありがとう。
倫理の学びを家庭に取り入れたM氏。短気な自分が冷静に対応できたことに驚き、さらに学びを深めていこうと思ったのです。