S氏は、住宅設備の設置と販売業を営んでいます。
今では堅実な経営を心がけているS氏ですが、かつては経営難に苦しんでいました。
苦境を何とか打開しようと知人に相談をしたところ、返ってきたのは意外な答えでした。
それは、妻や子供に呼ばれたらすぐに「ハイ」と返事をする実践でした。
経営のことで悩んでいるのに、なぜ家庭生活のことを言われたのか、不思議に思ったS氏ですが、
たしかに家で「ハイ」と返事をすることはありませんでした。
それどころか、夫婦の会話すらほとんどない状況だったのです。
それまでのS氏は、家事育児はすべて妻に任せきり、何か問題が起こっても、無関心を決め込んでいました。
家庭を顧みない夫に、いつしか妻も関心を向けなくなり、夫への不足不満を子供にぶつけているような有様でした。
夫婦仲は冷え切っていたので、「ハイ」と返事をするのはとても無理なように思えました。
しかし、ほかに打開策があるわけではありません。S氏は家庭内での実践に必死に励みました。
呼ばれると「ハイ」と返事をする夫に、最初は不思議そうな妻でしたが、次第に夫婦で挨拶を交わす機会が増えてきました。
途切れ途切れだった会話も、少しずつ続くようになってきました。
妻の話に耳を傾け、妻の悩みや大変さにも気づくようになったS氏は、〈
自分は何と家庭を顧みない夫であったか〉と反省しました。
そして、夫婦仲が改善するのと呼応するように、会社の業績も徐々に回復していったのです。
夫婦の間のことは企業とは直接関係がないようだが、その実、大いに結びつきがある。
夫婦関係がごたごたしていたり、家庭内別居のような関係にあったりしていると、その事業がうまくゆかないことが多い。
(丸山敏秋著『倫理経営原典』より)
家庭生活と事業経営はひとつながりです。家族を喜ばせ、楽しませることができない経営者が、
はたして従業員や取引先の人たちの心を掴み、喜びを提供することができるでしょうか。
さらに踏み込んで、とりわけ夫婦のありようがそのまま事業に反映するというのが純粋倫理の考え方です。
なぜなら、「夫婦」という相反する二つの力が溶け合って一つになった時に、あらゆる物事の生成発展があるからです。
男女には、正反対のようなところが沢山あります。会話一つとってみても、男性は結論を先に話し、
女性は一から順を追って話す傾向があるといわれます。そうした違いを認めた上で相手を受け入れること。
そして、自分から進んで妻に(夫に)心を合わせていった時、新たな創造が生まれます。
事業の繁栄もまた、相反する夫婦の和合から生まれるのです。
事業の発展に、夫婦仲の良いことは欠かせません。経営者は家庭人でもあります。
夫の自覚、妻の自覚を高め、それぞれの役割をしっかり果たすところに、経営への活力も漲ってくるのでしょう。