倫理経営では、物や金銭はそれを扱う人の思いが反映するという見方をします。
Mさんは、そのことを体験した一人です。
Mさんが勤める会社で、大きなイベントが企画された時のこと。Mさんは、
同僚の受け持ちに倍する仕事量を任されたことに、不満を持ちながら働いていました。
すると、仕事に必要な道具を次々に失っていったのです。
最初は、携帯電話。次に数万円分の定期券。不安に駆られたMさんが倫理指導を受けたところ、「次に無くすのは何かわかりますか」と意外なことを問われました。
答えあぐねていたMさんに、指導者が一言、「このままでは仕事を失ってしまいますよ」
と指摘したのです。仕事を嫌っていることをズバリと見抜かれたのでした。
Mさんはその日から気持ちを切り替えて仕事に向かいました。
するとイベントも成功し、不思議なことに、紛失したはずの定期券が見つかったのだといいます。
「金銭は人の心に敏感に反応する」。
これが純粋倫理における金銭の捉え方です。定期券を金銭そのものと捉えた場合、
Mさんの体験は、その好例といえるでしょう。まるで、仕事を嫌がるMさんの心を、
定期券が察知して、姿をくらましたかのような体験でした。
この事例が示す金銭の倫理は、「金銭を大切にしない人は金銭から見離される」
ということです。
これ以外に、金銭を扱う上で大切な倫理として、次の三点を挙げることができます。
①金銭を本当に大切にすることとは、正しい愛情をかけ、それを尊敬することである。
金銭を偏愛し「金の亡者」となることは、正しい愛情をかけることにはなりません。
正しく愛情をかけるには、金銭の本質と意義を知り、
それに沿って金銭を扱うことが求められます。
そこで、金銭の倫理の第二番目は次のようになります。
②金銭の本質は物その他の価値の象徴であり、流通させるところに、その意義がある。
正しい愛情を金銭に注ぐということは、自分のために金銭を生かして使うと共に、
他の人の役に立つように流用することです。
だから、三番目に次のような金銭の倫理が成り立ちます。
③金儲けを第一にせず、社会のため、人のためを目標にして働くことを根本とする。
この事例において、Mさんが改善したのは、仕事への取り組み方でした。
「社会のため」「人のため」どころか、不足不満一杯の心で仕事をしていたMさん。
定期券紛失の一件は、あたかも、その間違いを指摘するかのような出来事だったと
述懐しています。
金銭に関して、常ならざることが起こった場合、それは金銭の扱い方や心の向け方、
もしくは、仕事そのものに対する注意を促す信号かもしれません。
先に示した「金銭の倫理」を一つの参考にして、
お金との関係を見直してみてはいかがでしょうか。
参考資料 丸山竹秋「金銭―その魔性と本質」月刊『倫理』一九八九年四月号
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・