A氏がある企業で、営業を担当していた時の出来事です。
担当となって、初めての集金日が訪れました。
得意先へ出向くと、その日は土曜日だったこともあり、先方は不在でした。
午後、再び足を運びましたが、工場のシャッターは閉まったままです。
結局、その日は集金できないままでした。
週が明けた月曜日、会社に出勤し、一昨日の集金の件を社長に報告しました。
「先方には土曜日に二度、訪問したのですが、不在で未集金となってしまいました」
「集金に伺うことを前日、お客様に確認したのかい?」
「いえ、お客様には連絡をしていませんでした」
そう答えながら、A氏は心の中で、〈集金とはいえ、たかだか二万円だから、
わざわざ電話して、土曜に行く必要もなかっただろう。今日また出直せばいい〉
と考えていました。これが実は大きな間違いだったのです。
世には、報酬を要求し、金銭を請求するのを賤しい事のように思う人がある。
取るべき金を取り、請求すべき金銭を妥協なく要求することは、
何らはずべきことでないばかりでなく、かえって、生活にはっきりと筋道を立てる所似である。
(丸山敏雄著『万人幸福の栞』)
A氏はその後、社長から厳重注意を受けました。
そして、「お金の請求に妥協して失敗した例は多い」と、
社長自身が以前経営していた会社で、苦い経験をしたことを聞いたのです。
それは、集金日に手形を受け取ることができず、期日を相手の都合で引き延ばされたあげく、
最終的には不渡りを出されてしまったという体験でした。結局、その未回収金が尾を引いて、
社長は会社を畳んだのです。その後、相手の会社も、倒産してしまったとのことでした。
「長いおつきあいだから…と、曖昧に妥協してしまったことが、結果的に自分の首をしめた。
そればかりか、相手をも不幸にしてしまった」と語る社長。
妥協がいかに多くの不幸を招くかと身をもって体験しているだけに、新人のA氏を、
強く叱ったのでした。
翌月からA氏は、前日に連絡をした上で、約束の日に必ず訪問するようにしました。
ほとんどのお客様から、期日にきちんと集金できるようになりました。
そして、金銭のやりとり以外の面でも、互いの信頼関係を深めていくことができたのです。
二宮尊徳翁は「積小為大(せきしょういだい)」という言葉を遺しています。
「塵も積もれば山となる」というたとえの通り、信頼という大きな財産は、小さなこと、
つまり日頃の約束を守ることなしには得られないのです。
「たかが2万円」「明後日でもいいか」という〝小さな〟妥協は、
その相手をも粗末に扱うことにつながります。大小にかかわらず妥協なく請求する時、
すなわち金銭を大切に扱う時、金銭はその愛情に応え、
生き生きと本来の性質を持って働いてくれるのです。